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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)143号 判決

東京都港区南青山5丁目1番10-1105号

原告

中松義郎

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

橋岡時生

市川信郷

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第21796号事件について、平成6年4月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年8月2日、名称を「精神活動助長装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭59-163196号)が、平成2年10月8日に拒絶査定を受けたので、同年12月5日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第21796号事件として審理したうえ、平成6年4月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月25日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

性行為時に、横臥した腰の下に設けられるシータ波の周波数の振動発生器(平成6年3月14日付け手続補正書による補正後のもの)。

3  審決の理由

審決は、次の理由で、本願発明は特許を受けることができないとした。

(1)  本願明細書の記載では、身体にシータ波を伝えれば脳波がシータ波になる根拠が不明である。

(2)  本願明細書の記載では、シータ波を伝えればセックス機能が向上するという本願発明の効果が不明であり、本願出願当時の図面(第9図)には、本願発明の装置を使用したものと使用しないときのものとの対比が表されているが、どのような人を何人対象とし、どのような信用できる第三者(例えば公的機関)が測定したものかが明らかでなく、また、縦軸の「性感度」はどのような尺度に基づくものかも不明であるので、客観的な証拠ということはできない。

(3)  本願明細書の特許請求の範囲には、装置の構成が記載されておらず、補正によって明瞭にした点については、補正前のものと単に表現上の違いにすぎず、依然として本願発明の構成が不明である。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、本願明細書の記載から本願発明の構成及び効果が明瞭であるにもかかわらず、誤ってこれを不明であると判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、本願の特許請求の範囲には、装置の構成が記載されていないので、本願発明の構成が不明であるとするが、装置の構成として必要な、いつ(性行為時に)、どこに(腰の下に)、設けるもの(シータ波の周波数の振動発生器)との要件を具備しており、きわめて明瞭である。

また、本願発明装置は、4~8ヘルツのような特定周波数の振動(シータ波)を発生させるものであるが、この4~8ヘルツの振動は公知の装置、例えば電磁式バイブレータなどでも発生させることができるので、具体的な振動発生装置の記載は省略したものである。

したがって、本願発明の「振動発生器」を具体的に限定することは、本願明細書の記載からみても必要がない。

2  審決は、本願発明の効果の記載について、客観的な証拠がないとするが、誤りである。

そもそも、性的興奮時に脳波のシータ波(θ波)が支配的になることは、現代人間科学研究所が「週刊現代」誌の昭和59年6月16日号に実験結果を発表しており(甲第5号証)、「SEXを科学する」との見出しがあり、広く頒布されていること、専門医が監修して具体的、かつ、実際的に事実として記された科学記事であること、性興奮とそれに伴う諸現象は、何人にも共通する生理現象であることから、明らかに客観的証拠となるものである。

このように、シータ波は、性行為時における脳細胞の活動により生じる脳波であることが客観的に明らかであり、本願発明は、このシータ波に同調する同じシータ波の振動の刺激を腰から背骨を経て脳細胞に与えることにより、その脳細胞のシータ波の波動をさらに助長して増強させて性的興奮を向上させ、これにより健全で満足した性生活が得られるという効果を有する。

横臥したときに腰の下からシータ波の振動を与えることは、性行為において頭や足はよく動いても、腰の位置はかなり一定であり、したがって、腰は身体にシータ波を最もよく与えうる位置であることに基づいている。

3  審決は、「性感度」はどのような尺度に基づくものか不明であるとするが、性感度は性行為時において通常常識的に関知される興奮の度合いを示すものであり、これを具体的に示せば、上記実験結果に示される心拍数、血圧を示すものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項を記載しなければならないところ、本願発明においては、シータ波の周波数と同じ周波数の振動を発生させるという技術的課題を解決するために、振動発生器自体について、具体的にいかなる手段を講じたかという構成については何ら記載されていない。

したがって、原告主張のように、本願発明の特許請求の範囲に、いつ(性行為時に)、どこに(腰の下に)、設けるもの(シータ波の周波数の振動発生器)を記載しただけでは、本願発明の構成を明確に記載したことにはならないのであるから、審決が、本願発明の構成が不明であるとした点に、何ら誤りはないというべきである。

2  原告援用の実験結果(甲第5号証)は、週刊誌の記事にすぎず、その記事は、性行為時に検出される脳波の種類等について、きわめて興味本位に記述したものであって、学術論文や技術論文のように科学的に記述したものではない。

上記実験結果によっても、性行為時又は性的興奮時には、必ず一定種類の脳波が出るということはなく、シータ波が出ることもあれば、ベータ波やアルファ波が強く出ることもあり、きわめて個人差のあることが明らかである。原告が主張するような、性行為時又は性的興奮時には必ずシータ波が支配的になるということはない。

3  仮に、原告主張どおり、性感度の尺度が心拍数、血圧であるとしても、本願出願時の図面第9図(平成2年5月7日付け手続補正書による補正後の図面第6図)の縦軸には、心拍数及び血圧のいずれを指しているのか明らかにされておらず、またその具体的な測定手段、測定値も明らかにされていない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願明細書(甲第2~第4号証)の発明の詳細な説明の項には、「本発明は本発明装置を夫婦のベッドルームに置いてこの4~8ヘルツのごとき特定周波数の振動を夫婦に与えオルガズムヘ誘導する事が出来る。しかし従来のスピーカが30ヘルツ以下は出せない事から4~8ヘルツ(θ波)の発生はできず、この発明は実行不可能であった。本発明者は第2図に示す如き装置によりこれを可能としたのである。」(甲第3号証明細書2頁2~10行)との記載があるが、本願の特許請求の範囲には、この4~8ヘルツの周波数の振動(θ波、シータ波)を発生させる装置についての具体的な構成については何ら記載されていない。したがって、本願の特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないことは明らかである。

原告は、本願発明装置は、4~8ヘルツのような特定周波数の振動(シータ波)を発生させるものであるが、この4~8ヘルツの振動は公知の装置、例えば電磁式バイブレータなどでも発生させることができるので、具体的な振動発生装置の記載は省略したものである旨主張するが、この主張は、上記本願明細書の記載と相反し、到底採用することができず、また、仮に原告主張どおりとすれば、本願は、公知のシータ波の周波数の振動発生装置を、「性行為時に、横臥した腰の下に設け」ることを発明として出願したものであって、公知の装置の使用態様を特定したものにすぎず、自然法則を利用した技術的思想の創作ということができないものとなるから、原告自ら、本願が特許法の保護を受けることのできないものであることを自認したことになる。

以上のとおり、本願を拒絶するものとした審決の判断は正当であって、これを誤りとする原告の主張は、その余の点を検討するまでもなく、理由がない。

2  よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

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